祖母との会話
母方のほうの祖母の家に用事があって訪ねた。
祖母は認知症を発症してから数年経っていて、何度も同じことを話してくるのだった。
久しぶりに昨日会いにいったら、もう僕のことを覚えていなかった。
「どちらさま?」と聞かれたけど、どう返事すれば一番傷つけずにすむのか僕にはわからなかった。
僕は祖母に用事を伝えて確認したのだが、その話が終わると
「すごいハンサムだね。勉強もできるんでしょ?」
と今度はこういう風に何度も言われた。
これは祖母が僕に会うと必ず言う言葉だった。
いつも僕は、祖母が言うこの言葉の中には「自分が産み出した孫」という認識があって、そこに自信を持っているからこそ発言するのだと思っていた。
祖母は全てを自己中心的に捉える人間だと感じていたからずっとこの言葉は全く嬉しくは思わなかった。
でも、もう祖母は僕が誰だか覚えていない。
孫とも思っていないはずなのに、またこの言葉を言ってきた。
祖母自身は周りの人間のことをほとんど忘れてしまっているが、僕が認識している祖母は確かにそこにいた。
外面的なものでなくて、人格的な形のないもの。
どんなに全てを忘れても、その人自身であることは消せないのかもしれない。
もし、自分自身が誰か忘れてしまっても。
僕は朗らかな気持ちで帰り道を歩いた。